心に寄り添う『特別な本』を創る
自分史づくりのきっかけ
自分史を作くろうと思った理由は、二つありました。
一つは2年前、ご主人の唐長11代千田堅吉さんがご長男の誠次さんに暖簾を譲り当代を退いたこと。もう一つはそのご主人ともうすぐ金婚式を迎えること。責任ある時代を終えて、これからの日々を自由に楽しめる境遇に感謝するなかで、ふと、自分のこれまでを本にして残しておきたいと思ったのだそうです。
この本について、郁子さんは「大事な自分の人生を遺すものだから隅々までにこだわりたかったのです。そこでことこと舎さんから、主人が摺った本物の唐紙を挟み込む提案や、表紙に唐長文様の凸凹を付け(空押し)るなど、たくさんのご提案をいただきました。これでぐっと唐長らしさ、私らしさが出ました」とおっしゃいます。
本書について
京都におよそ400年続く唐紙の老舗の11代女将、千田郁子さんの自分史です。
第1章「IKUKO」では、11代堅吉さんとの出会いから、二人三脚で唐長ブランドを確立するまでをまとめています。第2章「きもの愛」と第3章「アンティーク熱」では、大好きなきものやアンティークに夢中になることで人生を豊かにしていく――。第4章「唐紙をめぐること」では、多くの人に支えられたことへの感謝の気持ちと唐紙に対する愛情、そしてブランド「唐長IKUKO」の未来を綴っています。
郁子さんは言います。「自分史を書いたことで自分の人生や考え方を見直すことができました。そして『自分の人生って素敵だな』と確認できたことがすごく嬉しい」と。
本づくりのこと
編集部でご提案したのは「美しい唐紙を使わせていただきたい」ということ。一枚一枚摺っていただく堅吉さんのご苦労も考えずに、今思えば思い切ったお願いをしました。それでも嫌な顔も見せず(愛する奥様のため)、「ん~、準備が大変ですね。でもまあ、がんばってみましょう」と、快諾してくださいました。
ちなみに、最初の見返しと最後の見返しに違う柄を入れることをひらめいたのは堅吉さんです。「前に兎、後ろに月をあしらうのが面白いんやない」とおっしゃいました。さらに、表紙にあからさまに「唐紙」を使うのでなく、本を開いたら唐紙が現れる、そんな見せ方がいいとおっしゃったのもお二人です。
京都の美意識をそこここに感じるアイデアは、さすが唐長十一代のご夫婦です。
こうしたやりとりにデザイナーの金田一亜弥さんも私たちも触発され、表紙の空押し(凸凹をつけるエンボス加工)や紙のセレクトなどさまざまな提案をし、造本の形を具体化していきました。ちなみに表紙のロゴの書体や色使いはデザイナーの金田一さんのお仕事。品の良さを格段にアップさせ、お二人ともいっぺんで気にいってくださいました。
最後にもうひとつ、ぜひご紹介したいのが見本作りです。
造本設計で、いちばん気になったのは挟み込んだ唐紙が反ったりしないか、でした。貴重な唐紙を何度もお送りいただき、テスト用に見本の本(ダミー本)を作ってみました。千田ご夫婦とデザイナーの金田一さん、私たち、そして製本の博勝堂の渡邊社長と何度も確認しあいました。本文紙の厚みを変えたり、表紙の紙を二通り出してみたり……。丁寧に、確実によい本に仕上げるため、さまざまな知恵を出しあいながら作り上げたのです。
おまけ
こうした取り組みが2016年6月『婦人画報』に掲載されました。『唐長IKUKO』本が多くの人に知っていただくことができ、編集部一同非常にうれしく思っています。(goo.gl/k3WTO5)
千田郁子(せんだ いくこ)
1944年生まれ。IKUKOアトリエショップ代表。唐長11代女将のキャリアを活かし唐長11代千田堅吉の唐紙コンシェルジュとしてしつらえ提案をする。また、好みの唐紙を用いたインテリアやステーショナリーを販売。自身の審美眼で集めた洋家具やあかり、器などに合わせ“唐紙のある暮らし方”の提案も行う。
(2023/01/26更新)